世界遺産「天台宗 別格本山 毛越寺」

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境内のご案内

浄土庭園

浄土庭園とは仏堂と苑池とが一体として配された庭園で、
毛越寺では北に塔山と呼ばれる小山を背景として、広々とした苑地美観が展開します。
大泉が池は浄水をたたえ、その周辺には、州浜、荒磯風の水分け、浪返しにあたる立石、
枯山水風の築山といった石組みや、池に水を引き入れる遣水など、自然の景観が表されています。
日本最古の作庭書「作庭記」の思想や技法を今に伝える貴重な庭園として、
800有余年を経た現在も、四囲の樹木の景観と相まって、なお変わらぬ美しさを見せています。

臨池伽藍跡(史跡)

「特別史跡」・「特別名勝」と、その文化価値を国から二重に指定されている毛越寺。
境内には平安時代の堂塔伽藍を偲ばせる、礎石等の遺構が多数残っています。
また、大泉が池を中心とした庭園も、平安時代の優美な作庭造園の形状を如実にとどめており、
日本庭園史上にも特に貴重な遺構として、発掘調査が行われ、旧観に復されています。

境内全体

写真上の文字をクリックすると詳しい説明がご覧いただけます。

【常行堂・法華堂跡】<br>法華堂跡と伝えられる土壇の西方、40尺内外さきに、方五間茅葺方形造の常行堂が南に面してあります。この建物は享保年間に建築されたものですが、創建以来同じ位置にあるものと考えられてきましたが、発掘調査によって常行堂跡が現行の常行堂の位置とは違うことが明らかになりました。今、常行堂跡と呼ばれる遺跡は、法華堂跡土壇の南方約30尺にある土壇です。発掘調査時には大変に保存状態が悪く、残存している礎石もありませんでした。法華堂跡と伝えられる遺跡は寺域の東北隅部にあって、南北約五十尺、東西約50尺の広さの方形土壇です。土壇には23個もの残存礎石があり、周辺の玉石敷面より1.5尺ほど高かったと思われます。発掘調査により、法華堂と常行堂はそれらを結ぶ渡廊とともに、一体として計画され建築され、ある時期まで並存したと考えられています。 【金堂円隆寺跡】<br>基衡が万宝を尽くして建立した勅願寺で、本尊は雲慶作の丈六の薬師如来でした。毛越寺の中心伽藍で、東西に翼廊が出て南に折れ、東廊先端には鐘楼(しゅろう)が、西廊先端には経楼(きょうろう)が附属していました。基壇は石造り壇上積です。経楼は、経文を納める建物です。金堂西廊の南端、鐘楼(しゅろう)と対称の位置にありました。 【鐘楼跡】<br>金堂東廊の南端に連なる建物で、雨落溝が土壇をめぐり、その水は池に注ぐように造られています。 【出島石組と池中立石】<br>毛越寺大泉が池のなかでも東南岸にある荒磯(ありそ)風の出島は、庭園中最も美しい景観の一つです。水辺から水中へと石組が突き出し、その先端の飛び島には約2メートルの景石が据えられ、庭の象徴として池全体を引き締めています。 【花菖蒲園】<br>6月中旬から7月中旬まで、300種3万株の花菖蒲が咲きます。毛越寺のあやめは、昭和28年(1953年)に平泉町民の発案で開山堂前に植えたことがきっかけで、翌年には東京・明治神宮から100種100株を譲り受けます。その後、少しずつ種類も株も増やし続け、今では毛越寺あやめまつりとして一般公開しています。期間中は延年の舞公演や、子ども写生会、邦楽演奏会なども開催されます。 【南大門跡】<br>『吾妻鏡』に出てくる「二階惣門」にあたり、桁行(けたゆき・横、東西)三間(ま)、梁行(はりゆき・縦、南北)二間(ま)の平面形式をもち、現在でも12個の礎石が整然と並んでいます。基壇構築のためその周囲に堰板を使う工法「版築(はんちく)」は、中国のみならずわが国でも古くから基壇・土塁・築垣(つがき)に用いられましたが、堰板を止めた柱まで発見されたのは、毛越寺の南大門跡と講堂跡が最初です。<br>南大門(南向き)の東に続いて、築垣、犬走り、溝が発見されました。築垣基底部の幅は10尺以上、築垣の外側(南)にある犬走りの幅も八尺以上と推定され、犬走りのさらに外側にある溝は6尺ほどです。この場合の築垣は高さ1丈程度(約3メートル)の、むしろ土塁というべきものであったと思われます。 検出された築垣、犬走り、溝の三者が創建当時から揃っていたとすると、それは延喜式その他に見られる平安京の宮城の周囲や大路の両側の状況に似たもので、規模もそれに優るとも劣らないものでした。飛鳥寺、四天王寺、薬師寺などの発掘例からみても、築垣、犬走り、溝の三者を合わせ備える遺跡は今のところ毛越寺だけで、しかもそれが破格の規模であったことに、この寺の特異性があると言われています。 【大泉が池】<br>庭園の中心は、四季の美しさを映す大泉が池です。池は東西約180メートル、南北約90メートルあり、作庭当初の姿を伝えています。池のほぼ中央部に東西約70メートル、南北約30メートル、勾玉状の中島があります。池の周辺や中島にはすべて玉石が敷かれています。昔は南大門前から中島南まで17間の反橋、金堂側から中島北まで10間の斜橋がかかっていたと古記録に記されています。橋の四隅に据えられた橋挟石や南の反橋の橋杭は残存しています。また直径27センチの大面取の橋杭は二本だけ抜き取られて、宝物館に陳列されています。これは橋の遺構としては、わが国最古のものとされます。 【芭蕉句碑】<br>文治5年(1189)閏4月30日泰衡に急襲された義経は、高館で妻子とともに自害しました。元禄2年(1689)5月13日、この地を訪れた芭蕉は、奥州藤原氏の栄華と悲運の義経主従をしのび、次の句をよんでいます。「夏草や 兵どもが 夢の跡」現在芭蕉直筆の句碑が、毛越寺境内にあります。 【嘉祥寺跡】<br>金堂円隆寺の西に、杉並木に囲まれてほぼ円隆寺と同規模の土壇があります。巨大な礎石が完存するこの建築跡は、古来嘉祥寺跡として言い伝えられてきました。嘉祥寺は『吾妻鏡』にある嘉勝寺に相当します。この堂跡は金堂円隆寺とほとんど同規模の上に、同規模同形式の廊が付属することからみて、金堂なみに高い地位であったことがわかります。慈覚大師創設とする寺伝はともかく、少なくとも基衡の円隆寺建立以前から嘉祥寺が存在していたといわれる所以です。 【講堂跡】<br>基衡が建立したと言われ、『吾妻鏡』の文治5年9月17日条の平泉寺塔以下注文にも記されている建物です。今、講堂跡と伝えられる遺跡は、大泉池の北方、金堂円隆寺跡の西北方、嘉祥寺跡の東北方にあって、東西約83尺、南北約80尺のほぼ方形の土壇です。壇上には十数個の礎石があり、土壇中央部のやや北寄りには仏壇跡と思われる小高い土の隆起があります。<br>この基壇上に建てられていた堂は、前面の庇柱筋が金堂円隆寺の北面の柱筋とほぼ一直線上にあり、講堂が金堂と密接な関係を持っていたことがわかります。金堂と一体的に計画され造営されたものと考えられます。 【経楼跡】<br>経楼は、経文を納める建物です。金堂西廊の南端、鐘楼(しゅろう)と対称の位置にありました。 【常行堂】<br>現常行堂は、享保17年(1732)に仙台藩主伊達吉村公の武運長久を願って再建されました。堂は宝形造りで須弥壇中央に本尊・宝冠の阿弥陀如来、両側に四菩薩、奥殿には秘仏としてあがめられている摩多羅神(またらじん)がまつられています。摩多羅神は修法と堂の守護神であり、地元では古くから作物の神様として信仰されています。奥殿の扉はふだんは固く閉ざされ、33年に一度御開帳されます。祭礼の正月20日は、古式の修法と法楽としての延年の舞が奉納されます。 【宝物館】<br>毛越寺一山に伝わる平安期の仏像、書籍、工芸品、発掘遺品、調査資料、延年の舞用具などを陳列しています。宝物館では、バリアフリーに配慮したエレベータや、多目的トイレ等を設置しております。 【山門札所】<br>毛越寺の御朱印所です。帳面はこちらでお預けください。御札・御守をはじめ、絵はがきなどのお土産品を販売しております。 【松風庵】<br>境内にあるお休み処です。お蕎麦や、甘味をご用意しております。足休めにぜひお立ち寄りください。 【開山堂】<br>毛越寺を開いた慈覚大師円仁をまつる堂です。大師像のほか両界大日如来像、藤原三代(清衡、基衡、秀衡)の画像を安置しています。 【築山】<br>大泉ヶ池の南西の隅、南大門の西寄りに築山があります。池水面より約4メートルほどの高さがあり。水際から山頂近くまで大小各種の石を立て、岩山の姿を造り出しています。深い淵に臨む断崖の景観を思わせ、『作庭記』に記されている「枯山水の様」の実例と考えられています。 【遣水】<br>池の東北側にある遣水は、池に水を引き入れるためと造られたものです。「作庭記」に記述されている四神相応・吉相の順流であり、曲がりくねる水路の流れに、水切り、水越し、水分けなどの石組が配されています。毛越寺の遣水は平安時代の唯一の遺構で、全国的にも極めて珍しいものです。この遣水を舞台に毎年新緑の頃に「 曲水(ごくすい)の宴」が開催され、周囲の樹木とあいまって平安の雅な情景が作り出されます。 【山門】<br>毛越寺の出入り口。拝観券発行所がございます。この山門は、元は一ノ関藩田村家藩邸の中門で、大正11年に寄進されました。 【洲浜】<br>池の東南隅に築山と対照的に造られた洲浜は、砂洲と入江が柔らかい曲線を描き、美しい海岸線を表しています。他に比べて池底を特に浅くし、広々と玉石を敷き詰めているので、水位の昇降に応じて現れるゆったりした姿を眺めることができます。 【本堂】<br>毛越寺一山の根本道場であるこの本堂は、平安様式の建物で、平成元年に建立されました。本尊は薬師如来で、平安時代の作です。本尊の脇士は日光・月光両菩薩、さらにその周りには本尊守護の四天王が安置されています。

毛越寺では多くの方に拝観が出来るようバリアフリーに取り組んでおります。
・エレベータの設置(宝物館)
・多目的トイレの設置

拝観のいろは

  • 山門毛越寺の出入り口になります。まずはここで拝観券をお求めください。特別史跡・特別名勝と世界遺産の3つの額が置かれています。
  • 山門札所山門を入ってすぐのお札所です。御朱印をご希望の方は、拝観の始めにここで御朱印帳をお預けください。境内を一周しても帰りに寄れる場所にあります。
  • 句碑「夏草や兵共が夢の跡」少し目立たない場所にありますが、山門から本堂に向かう途中に、芭蕉真筆句碑と副碑、新渡戸稲造が訳した英文の句碑の3つの句碑があります。
  • 本堂毛越寺の中心となるお堂です。本尊は薬師如来。特に健康祈願・當病平癒にご利益があります。本堂前にはおみくじも置かれています。お寺では柏手は打ちません。合掌し、拝みましょう。
  • 松風庵お蕎麦や、甘味をご用意しています。足休めにお立ち寄りください。毛越寺限定の延年茶でほっと一息つけますよ。
    詳しくはこちら
  • 宝物館毛越寺の歴史や平安当時の様子を知るなら、ぜひここに。最初に見るのがおすすめです。