境内の見どころ

南大門跡

『吾妻鏡』に出てくる「二階惣門」にあたり、桁行(けたゆき・横、東西)三間(ま)、梁行(はりゆき・縦、南北)二間(ま)の平面形式をもち、現在でも12個の礎石が整然と並んでいます。基壇構築のためその周囲に堰板を使う工法「版築(はんちく)」は、中国のみならずわが国でも古くから基壇・土塁・築垣(つがき)に用いられましたが、堰板を止めた柱まで発見されたのは、毛越寺の南大門跡と講堂跡が最初です。 南大門(南向き)の東に続いて、築垣、犬走り、溝が発見されました。築垣基底部の幅は10尺以上、築垣の外側(南)にある犬走りの幅も八尺以上と推定され、犬走りのさらに外側にある溝は6尺ほどです。この場合の築垣は高さ1丈程度(約3メートル)の、むしろ土塁というべきものであったと思われます。 検出された築垣、犬走り、溝の三者が創建当時から揃っていたとすると、それは延喜式その他に見られる平安京の宮城の周囲や大路の両側の状況に似たもので、規模もそれに優るとも劣らないものでした。飛鳥寺、四天王寺、薬師寺などの発掘例からみても、築垣、犬走り、溝の三者を合わせ備える遺跡は今のところ毛越寺だけで、しかもそれが破格の規模であったことに、この寺の特異性があると言われています。